「自然を再生させること」が経済と両立する社会を目指して。ETIC.コーディネーターインタビュー第1弾──倉辻悠平

ETIC.では、スタッフ一人ひとりが自ら実現したいテーマ・アジェンダを持ち、それを事業として推進中です。これにより、スタッフそれぞれがアントレプレナーシップを発揮して、社会へのインパクトを最大化することを目指しています。

コーディネーターインタビューの第1回で取り上げるテーマは、「地球環境の再生に挑む起業家の育成」です。担当の倉辻に、事業に対する想いや、具体的にどんなことに取り組んでいるのかを聞きました。

倉辻 悠平(くらつじ ゆうへい)

立命館大学時代、国際協力や世界一周にいそしむ。2014年、リクルートを退職し、フィリピンのスラム地区に住む若者を支援するソーシャルベンチャーを創業。2018年、NPO法人ETIC.に参画し、様々な起業家支援プロジェクトを手掛ける。2022年からネイチャー領域のイニシアティブ(現:PLANET KEEPERS)を立ち上げ、2024年にWWFジャパンに属しながらスタートしたBEEなど、様々な仕掛けを推進中。2025年、一般財団法人ネイチャープレナー・ジャパンの創業に関わり、同理事に就任。

「自然を豊かにすること」は仕事にならない?黎明期だからこそ先駆けて応援したい

──エティックでは14のテーマ・アジェンダを掲げ、それに沿った事業を推進していますよね。
倉辻さんはその中でも「地球環境の再生に挑む起業家の育成」に取り組んでいるということですが、事業を通じて目指していることを教えてください。

倉辻:エティックでは長年アントレプレナーを支援してきました。90年代にITベンチャーが、2000年代には社会的企業(ソーシャルビジネス)が広まり、その後地方に目を向けるローカルベンチャー協議会の設立や、学生の起業志望者を支援するMAKERS UNIVERSITYなど、当時はまだ当たり前ではなかったアントレプレナーの裾野を拡大していく中で、環境や自然という領域にもスポットライトが当たりました。

今、環境分野といっても、すでにビジネスの土壌が整い始めている脱炭素のような分野もあれば、ネイチャーポジティブ(自然資本や生物多様性の保全・回復)のように、市場やキャリアパスが見えづらい領域もあります。

特に後者は、まだまだ黎明期。「やめとけ」と言われることは少なくても、「本当に仕事になるの?」「事業として成り立つ?」「キャリアパスは?」といった不安は多くあり、飛び込みづらい分野です。だからこそ、エティックとして先頭を切って応援していきたいと考えています。

それとは別に僕個人として目指していることを話すと、「負」を生む構造を変えたいという思いがあります。構造的に理不尽な思いをする人がいるというのがもともと嫌いなんです。

それで以前はNPO法人PALETTEという団体を創設して、フィリピンのスラム街に住む若い世代向けのキャリア支援活動に取り組んでいました。能力はあるのに大学に通えない若者やドロップアウトしてしまう人が大勢いるのですが、その背景には貧困だけではなくグローバル経済特有の構造的な問題があります。

PALETTEでの活動の様子

大量生産・大量消費に代表されるように、豊かな暮らしを享受しようとすると、誰かを搾取することを前提とした設計になっていることってありますよね。僕自身も豊かさを享受する側に入っているので否定しきれるものではありませんが、そういうのが嫌だな、もっとよくできないかなという思いがあります。

自然にまつわる問題もこれと同じような構造にあると思っていて、便利な生活のために消費する資源が増えているから、CO₂の排出量増加や自然破壊、生物種の減少や消滅といったさまざまな問題が起きているんです。安価な労働力に頼っている場合もあるのに、自分たちが使う資源がどこから来るのか、多くの人には分からないよう、仕組みとして埋め込まれています。

こういった問題に関心をもつ人が増えてきている今だからこそ、挑戦的な取り組みを仕掛けていくべき領域だと思っています。

あと、さらに個人的な話でいうと、ちょうど取り組みをはじめた頃に息子が生まれました。この子が100年生きるとしたら2123年。今までどおりの社会の仕組みのままで、今までどおりの豊かな環境が広がってる様子を全く想像できなかったのも大きいです。「こうなること分かってたのになんで生んだん!」と怒られないようにがんばりたいと思います。

環境領域を専門とするWWFジャパンと連携した、次世代リーダー育成プログラム「BEE」

──エティックが環境問題に取り組んでいるイメージがあまりないのですが、いつ頃から始まったのでしょうか?

倉辻:2022年頃から徐々に取り組んでいます。僕は2018年からエティックに参画しているのですが、いくつかの起業家支援プログラムの立ち上げや、主に企業の皆さんと社会課題解決に取り組む共創プラットフォーム事業に関わってきました。

そういった中で、僕自身の関心をもっと乗せられ、企業の皆さんのコミットも引き出しながら、ぐっと踏み込んでやれるテーマを掲げられないかと考えていたとき、当初は気候変動や脱炭素が候補として思い浮かんでいました。ですがエティックは環境領域に強みがあるわけではないですし、医療や宇宙、環境のように特定のテーマを強く打ち出して活動しているわけでもありません。

そこで転機となったのが、人づてでご縁のあった公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(以下WWFジャパン)との出会いです。WWFジャパンに環境・サステナビリティリーダー開発グループが誕生して間もないタイミングで、ユース世代の環境リーダーとの連携や育成を推進する人材を募集されていたんですが、そこでプロジェクトの提案をさせてもらいました。

当初はエティックとの連携ありきでの提案ではなかったのですが、結果的にWWFジャパン主催、エティックは共同企画・運営として関わることになりました。

そこから生まれたのが「Base for Environmental Entrepreneurs」・通称BEEという、環境課題解決に取り組む次世代リーダー育成プログラムです。

2024年度の第1期生の応募には500件近いプレエントリーがあり、その中から15名を採択しました。応募数の多さもですが、半数が学生だったことからも、社会として特に若い世代から今求められているプログラムなんだという手応えがありました。間違いなく現在取り組んでいる「PLANET KEEPERS」のきっかけとなった事業です。

BEE第1期の受講生たち

今は事業になりにくい自然領域。若い世代が挑戦しやすい社会に

──「PLANET KEEPERS」って何ですか?

倉辻:地域・企業・研究者・環境保全団体と連携して、自然領域の起業家型人材が、思いっきりチャレンジしていけるようなエコシステムの社会実装を目指すイニシアティブです。

2022年頃からもう1人のエティックメンバーと相談しつつ構想を温めていたのですが、話し合っているうちにどんどん壮大になっていきました(笑)。ネイチャーポジティブ(自然資本や生物多様性の保全・回復)を後押しする「自然領域」で人を中心とした本質的な変革を起こしたいというアイデアはあったものの、具体的にどんなプレイヤーを応援したいのか、どうやって社会を変えていくのか、最初はイメージがわきませんでした。

そこで相談した先が、ニホンウナギを食べ継ぐプロジェクトやビオトープ付きの田んぼでの米作りなど、里山の生き物や生態系に着目した事業を行っている株式会社エーゼログループ、生物多様性について研究している森章研究室(東京大学先端科学技術研究センター)、水産業の革新に取り組む一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンです。

写真提供 フィッシャーマン・ジャパン

株式会社エーゼログループ・代表の牧大介さんが「この領域で将来のスターが生まれるのを見てみたい」と賛同してくれたのを皮切りに、若手研究者の減少に危機感をもっていた森先生、藻場の磯焼けや魚が取れないという現場の課題を科学的なアプローチで解決したいというニーズのあった一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンも、この領域の担い手を増やすという構想に乗ってくれて、少しずつ方向性が見えてきました。

世界では、2021年のG7で「2030 年までに生物多様性の損失を止めて反転させる」という目標(ネイチャーポジティブ)の達成を目指すことが表明されました。生物多様性をめぐる危機に対して国家レベルでのルールメイキングが進行する一方、地域や民間の担い手にとっての事業環境は、十分に整っているとは言えません。

つまるところ、事業になりにくい環境なのでリソースが集まらず、人材も育たないので物事が進んでいかないという悪循環を生み出しているのです。「PLANET KEEPERS」では、この現状を好転させて、基礎研究なども含め、若い人たちが環境領域の事業に挑戦しやすくなる社会を目指しています。

ネイチャープレナーを増やすために。財団の設立に向け準備中

──「PLANET KEEPERS」ではどういった取り組みをされているんですか?

倉辻:より一層腰を据えて推進していくために、2025年7月に「一般財団法人ネイチャープレナー・ジャパン」を設立すべく動いているところです。「ネイチャープレナー」とは、Nature(自然)とEntrepreneur(つくる人)を組み合わせた造語で、自然領域を担う起業家精神あふれる人材を指しています。

彼らを応援する助成事業を柱にして、全国の企業・自治体・アカデミア・保全団体・市民の皆さんと、多様なリソースが循環する土壌を、オールジャパンで育てていくことを目指していきます。

エティックだけではなく、PLANET KEEPERSの構想段階からご一緒している、株式会社エーゼログループ、森章研究室(東京大学先端科学技術研究センター)、一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンとの合同発起、龍谷(りゅうこく)大学副学長の深尾昌峰さんを代表理事に迎えての設立です。

ネイチャーポジティブの領域は事業環境が整っておらず、市場がまだ未成熟です。そのため投資や融資など、大きく資本を投下できる対象は限定的です。なので、まずは種を育てていく応援資本を集積して助成する機能が社会に必要だと考え、その器にふさわしい法人形態として財団法人を選びました。

かつてエティックでは、2年間で100件の事業者に最大500万円の支援金を助成する「ソーシャルベンチャー・スタートアップマーケット」という事業を手がけたことがありました。これが社会的企業を広く世の中に認知してもらうきっかけのひとつになったように思うので、そこからヒントを得ています。

具体的な助成事業は、2026年下半期以降に向けて準備中です。5年間で10億円を集め、50の自然再生プロジェクトへの助成と500人の人材輩出を目標としています。資金支援だけではなく、科学的知見に基づいた評価や中長期的なモニタリング体制づくりや、メンターマッチングなどの伴走支援も予定しています。

2025年4月Beyondカンファレンス2025(淡路島)にて

その一方で、のんびりしている暇もないと感じていて、先行して「次世代ネイチャープレナー・フェローシップ制度(事業・研究探求助成)」という人材助成を今年からスタートするべく、クラウドファンディングの準備も進めています。これは、将来この領域で起業や研究を志す学生たちが、先進的な取り組みをしている地域のネイチャープレナーのもとで、約1カ月間実践経験を積むプログラムです。

現在、企業さんとパートナーシップの協議を進めていますが、「ネイチャーポジティブ」をテーマに新規事業開発やオープンイノベーションに取り組む企業さんも増えていることを実感しています。その中で、協業先となる実践的なプレイヤーがまだ十分に育っていないよね、という共通の課題意識を持てるようになってきたと感じています。

こうしたプレイヤーの育成や応援を、将来きちんと稼いでいくための初期投資やインフラ整備と位置づける企業さんも増えてきていると想定しているので、これからどんどん出合っていきたいです。

生物多様性を守るのはなぜ大事?経済との間に立って翻訳する存在が必要

──あらためて、「地球環境の再生に挑む起業家の育成」というテーマに取り組む意義について、倉辻さんの考えを聞かせていただけますか?

倉辻:僕は、生物多様性や生態学の専門家ではありません。でも、特に一次産業に携わる地域の方々のお話を多く聞く中で、自然資本の劣化──つまり森がやせて水が枯れる、土が痩せる、作物や魚が取れなくなるといった現象が、目に見える形で地域経済や暮らしに響きはじめているのは実感しています。

自然の生態系が人間に提供してくれるさまざまな恩恵や利益をひっくるめて、「生態系サービス」といいます。水や食料を提供してくれたり、CO₂を吸収して気候を調節したり、安らげる景観を生み出したり……自然は僕たちが気付かないようなところでエッセンシャルワーカーのような働きをしてくれているんです。

岡山県西粟倉村でエーゼログループが手がけるビオ田んぼ(写真提供 エーゼログループ)

ただ、どの生き物同士が連動してどう作用するか、その結果どんな価値が提供されているのかについては、複雑すぎて解明されていない部分も多々あると、研究者の方からよくお聞きします。それでも、生物多様性の喪失が一定の範囲を超えると、突然機能しなくなり、もとには戻せない閾値があろうことははっきりしている。

だからこそ、生物多様性を守るとどんな“いいこと”があるのか、これから助成事業にてご一緒していくネイチャープレナーの実践現場を通じて、研究者の皆さんとも協力しながらデータをとり、意味づけし、可視化していく必要があると思っています。

また、森や草原、あるいはそれらと海とのつながりなど生態系自体の健全な状態を、根っこから取り戻そうとすると、10~100年といった長い戦いになります。一方でその過程において、「枯れてしまった沢に水を引いたら、数カ月後に両生類が顔を出すようになった」「有機に切り替えたその次の年に、絶滅危惧種の昆虫が田んぼにかえってきた」といったように短い期間で変化があったという声がよく届くようになりました。

写真提供 東京大学森章研究室

これって、純粋な驚きを与えてくれますよね。 それが人を呼ぶ力になって、観光や企業研修につながったり、そこで採れた作物や木材に付加価値をつけられたり、地域全体のブランディングにつながったり。はたまた、子どもたちが遊んだり学ぶ場になったり、その町に暮らす人たちの誇りにつながったりすることだってあるんです。

自然を豊かにすることがまだ直接お金にならなくても、確かな価値を地域にもたらしてくれる事例が生まれ始めていると感じています。加えて、生物多様性クレジットの実証や認証制度、企業による独自指標の設計など、自然資本の価値を直接的に経済価値へ変換する制度づくりも着実に進み始めています。

とはいえ、こうした仕組みが本格的に社会に根付くまでの間は、なかなか事業として成立しづらいフェーズが続くはず。なので、そういった厳しい状況下でも創意工夫を重ねて突破口を見出さそうとしているネイチャープレナーの皆さんと共に、良い実践事例を積み重ねながら、いずれ来る大きな転換点を着実に見据えていくことが、僕たちの大事な役割だと考えています。

写真提供 サスティナビリティセンター

意志あるコーディネーターが、社会を変える起点になる

──事業を進める上で、エティックだからこそのこだわりなどはありますか?

倉辻:「ネイチャープレナー・ジャパン」という名称にも表れている通り、「人」に焦点を当てるということです。環境課題に限らず、事業そのものにどれくらい見込みがあるのかを数字で評価して、事業に対する支援を行うというのがスタンダードだと思いますが、エティックはあくまで「人」に着目しています。

エティックのほかのプログラムでも、本気でやっているかとか、参加者の内面を掘り下げるものが多いですよね。資金調達も難しいようなよく分からない事業に飛び込んじゃった人たちが、後々大きく社会を変えるかもしれない。ほかとは違うアプローチだからこそリスクもありますが、ほかでは拾えなかった可能性もあると思います。

2023年5月 Beyondカンファレンス2023(京都)にて

──最後に、倉辻さんにとっての「コーディネーター」とは?

倉辻:一緒に仕事をしている人に「倉辻くんは起業家なんだから」と言われることも多いので、あらためて聞かれると「僕ってほんとにコーディネーターなのかな?」と思ってしまいますね(笑)。

僕だけじゃなく、エティックのコーディネーターは「こうしたい」という意志やビジョンをもっている人が多い気がします。そうすると、プロデューサー的な面もあるのかもしれません。御用聞きや調整役になることも多いし、そういうスキルも必要ですが、問いを立てるということを意識しています。起業家とコーディネーターの中間みたいな感じですかね。

──確かに倉辻さんのお話からは、コーディネーターがプロジェクトの「起点」となっているような印象を受けました。「地球環境の再生に挑む起業家の育成」というテーマも、起業家的な側面をもつ倉辻さんだからこそ生まれたものだと思います。

これまでにない「ネイチャープレナー」が仕事や事業として成り立つ世界をつくろうと思うと、たくさんの人を巻き込みながらものごとを進められる、起業家的コーディネーターも必要なのかもしれません。

倉辻さん、いろいろとお話を聞かせていただきありがとうございました!


ネイチャープレナージャパンは、将来起業や研究者を志す学生・若者を対象に「次世代ネイチャープレナー・フェローシップ制度(事業・研究探求助成)」をスタートするべく、クラウドファンディングに挑戦しております。

次世代ネイチャープレナーたちの挑戦を、ぜひ一緒に応援していただきたく、ご支援よろしくお願いいたします!

▼クラウドファンディングページ(2025年11月24日まで)
https://for-good.net/project/1002340


ETIC.では、スタッフ一人ひとりが自ら実現したいテーマ・アジェンダを持ち、それを事業として推進しています。それにより、各人がアントレプレナーシップを発揮し、社会へのインパクトを最大化することを志向しています。各テーマに関心のある企業・団体・個人の方は、ぜひお問い合わせください。