コラム

コーディネーター的な生き方っておもしろいよ!――2026年、私が大切にしたい「手と手を取り合う」ための知恵

※こちらのコラムは、note ETIC.ソーシャルイノベーションセンターからの転載です

こんにちは、ソーシャルイノベーション事業部のひでまりこと日出間真理子です。

2026年、はや10分の1を終えたとは早いですね。ふと、今年自分が大切にしたいことは何だろうと考えてみると、浮かんでくるのは「こんな社会だったらいいな」という、素朴な願いのようなものでした。

社会、なんて言うと少し大きく聞こえるかもしれません。でもそれは、「こんな家族でいたいな」「友達とこんな関係でいられたらいいな」「こんなご近所さんと共に生活を営みたいな」という、身近な願いの延長線上にあるものです。

そんな温かい景色を思い描いたとき、痛感することがあります。それは、決して私ひとりでは作れない、ということ。

だからこそ、誰かと仲間になり、手と手を取り合う。 そうやって日々を営んでいくことが、私の願いを形にする唯一の方法なのだと、改めて感じています。

その願いを形にする一助がコーディネーターです。

コーディネーターとは何なのか、ETIC.のいちコーディネーターとして感じていることを、今回書いてみました。

「着ぐるみ」ではなく、私として

ETIC.で仕事をしている私の肩書きは「コーディネーター」です。多くのスタッフの名刺にもそう書いてあります。でも最近、私はこの言葉を、仕事上の「役割」だとはあまり思わなくなりました。

参画したばかりの頃は、何か特殊な技能を身につけなければと、必死に先輩の「現場」に同席したものです。どこか「コーディネーターという着ぐるみ」を着て、振る舞おうとしていた時期もありました。

でも今は違います。「ひでまり」という一人の人間として、目の前の人と関わりたいから関わる。その純粋な欲求が先にあります。

ただ、私たちが向き合う現実は時にとても複雑です。 私の出会う方々の手元にあるのは、絡み合った糸のような状況や、まだくっきりとは形にならない想いであることが多いです。

そんな時、ETIC.で培ってきた視点が私を助けてくれます。

すべては、この複雑に入り混じった状況を深く理解することから始まります。その人が目指す未来に対して、大局的・多角的な視点を持ち、今何が起きているのかをじっと見つめる。

この「理解」こそが、すべての設計図の基礎になります。その上でコーディネーターは、個別の支援をするだけでなく、一見バラバラに見えるものを編み上げていく。

「Aさんの熱い意志」と、「Bさんの持っている技術」、そして「Cさんが耕してきたフィールド」。これらを別々のものとして扱うのでも、単に「人と人を繋ぐ」のでもなく、一つの物語として編み上げることで、想像もしなかった新しい可能性が生まれます。

この知恵があるから、私は安心して「私」として人と出会い、関係を築いていくことができる。そう感じています。それは「人と人が手を取り合うための知恵」と呼べるものかもしれません。

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一人の人間として向き合う時間はこんなにも楽しい。

誰かの「願い」が連鎖する場所で

そんなふうに生きていると、「物語を編み上げようとする人」が誕生する瞬間に出会うことがあります。

私はETIC.での活動とは別に、全国の先生たちと共に学ぶコミュニティを運営しています。「子どもたちが主体的・対話的に学ぶために、私たち大人に何ができるだろう?」という問いを持つ人たちが集まり、互いの実践を応援し合う場です。 運営側が仕立てた場ではなく、参加者一人ひとりがみんなで作る自主的な学びの場。

私はそこで、参加する一人ひとりの「こんなことをしたい」「こう在りたい」という声が、ひとつでも多く実現されてほしいと願っています。だからこそ、その想いを拾い上げ、次のステップを明確にしていく役割を、私は進んで担っています。

また、この場所がいつまでも、みんなが日々の実践や迷いを持ち寄れる「私たちの場」であり続けてほしい。そう願うから、私は「場の守護者」として、この集団が大切にしている文化や、私たちが向かっている先を、繰り返し伝えることにも力を注いでいます。

このフィールドを通して、私は人の変化に立ち会います。

ある先生は、公立学校をより良くしたくて「もっとやらなきゃ」と学校外の場で自身の研鑽を積んできました。そして先日、コミュニティの仲間との対話を通して「学校を良くする」は一人ではできないと思い至り、勤務校の職員室で仲間を募り始めた。熱意を伝え、相手の言葉を聞き、協働の輪を広げていく。

その時、一人の「意志」だったものが、勤務校の「みんなの意志」へと変わっていくことを感じました。このような、「物語を編み上げようとする人」の誕生に立ち会う瞬間に、私は、この上なくゾクゾクします。

この「ある先生」の姿は、私たちが思う「コーディネーター」そのものです。周囲と手と手を取り合うことで、「一人」の限界を超え、協働によってしか辿り着けない景色へのルートが見えてくる。「ああ私はこういう風景を育てたかったんだ」と、胸が熱くなります。

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小学6年生と話している時の私。「願い」に触れる、この瞬間が一番好きです。

「コーディネーター的な生き方っておもしろいよ!」

私が大切にしているこの「人と人が手を取り合うための知恵」は、きっと特別な誰かのものではありません。「こんな社会にしたい」「こんな関係を作りたい」と願うすべての人にとって、自分を助けてくれる力になると信じています。

もし、誰もがこの知恵をポケットに入れて、日常の中で少しずつ発揮できたなら。 それは「一億総コーディネーター」と呼べるような、とても心強い社会になるのではないでしょうか。

そうそう、私たちETIC.でも今、これまで口伝のように受け渡されてきたコーディネーターのスキルや視点を、もっと広く手渡せるように体系化しようとしています。新しくETIC.に参画した仲間はもちろん、休眠預金の資金分配団体のプログラム・オフィサー向け研修の一部の講師受託をはじめ、他の組織に伝えていく試みも始まっています。

私たちが言葉にしようとしているのは、単なる支援の手順書ではありません。

これまで私たちが関わらせていただいた現場には、教科書にできるようなひとつの「正解」はありませんでした。だからこそ、相手が発する言葉の奥にある「声なき声」を聴くことや、複雑に絡み合った社会の背景を統合して見立てることなど、暗黙知として大切にしてきた「眼差し」があります。

「支援する・される」という一方的な関係を超えて、目的を共有する「仲間」としてどう共に在るか。現場で活動する方々の思考や行動の質を高め、私たちが離れた後も、その灯火が消えることなく続いていくためには、どんな関わりが必要なのか。

そんな、もっとも人間臭くて本質的な「知恵」を、これから多くの仲間と分かち合える形にしていきたいと考えています。

私は「コーディネーター的な生き方っておもしろいよ!」と、声を大にして伝えたいです。私自身これからも、「ひでまり」という一人の人間として、この生き方に向き合っていきたいと思っています。

もし、あなたの中に「一人では叶えられない願い」があるなら。いつでも私たちに声をかけてください。あるいは、あなた自身が周囲の人を繋ぐ「つなぎ手」になりたいと願っているなら。一緒に「コーディネーター的に」やってみませんか。

あなたの願いが、誰かの願いと重なり合い、一人では見られなかった景色へと繋がっていく。そのワクワクするプロセスを、共に楽しみましょう。

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