NPO法人ETIC.より、ETIC.企業共創メールマガジンをお送りします。
2016年以降、民間企業や地方自治体、ローカルベンチャー等、多様なセクターの共創を支援してきた私たちの視点から、新たな価値の創造や社会課題解決に向けた企業共創のヒントとなるような情報をお届けします。
■企業と自治体の地域共創の可能性
社会課題解決において、行政・自治体の役割は依然として重要ですが、近年の課題の多様化・複雑化により、行政単独での解決が困難となっています。これに対応するため、リソースや事業化のノウハウを持つ企業との連携が推進されています。これまでにも、公的サービスを民間セクターが担う形で官民協働が進められてきましたが、双方の視点にギャップがあったり、短期的な実証実験や補助金事業に留まり、地域に根付かないままプロジェクト終了とともに企業が撤退するケースも少なくありません。
自治体と企業の地域共創を進めるには、双方が従来のパラダイムを変える必要があります。
行政側は、民間を単なる受発注の対象として見るのではなく、ビジョンや目的を共有したパートナーとして位置付けること、またその実現のために予算措置をして丸投げするだけでなく、地域内の多様な資本(人的資本・社会関係資本・文化資本・自然資本等)と繋ぎ合わせていくコーディネーター的な役割を果たすことが重要です。そして、企業側は、短期的な利益や自社サービスの導入という視点を超えて、新たな社会システムをデザインする中長期的な共創型アプローチが求められます。その前提に立った社内での位置づけや評価の考え方が連動しなければ、実証実験だけを繰り返してしまう構造に陥りやすくなります。
今回は、共創へ向けて新しい官民の関係性を築いている事例3件から、パラダイムシフトへ向けたヒントを探ってみたいと思います。
本号では、行政側がいま、どのようなパラダイムシフトを進めようとしているのか掘り下げてみます。人口減少や財政難といった厳しい現実を背景に、島根県雲南市や岡山県西粟倉村といった自治体が民間セクターとの「共創」に積極的に取り組んでいます。
■企業と自【事例1】島根県雲南市:
市外企業と市民との協業による課題解決事業の推進治体の地域共創の可能性
雲南市は、子ども・若者・大人といった世代ごとに地域住民のチャレンジを支援する仕組みを構築し、市民協働の先進自治体として注目されてきました。2019年からは「企業」を加えた「子ども×若者×大人×企業チャレンジの連鎖」を旗印に、市民や企業の主体的なチャレンジを自治体が支援するプログラムを実施しています。
企業チャレンジの大枠は、企業が自ら事業テーマを市に提案し、市をフィールドとして地域と協働しながら社会課題の解決と新たな価値創造を前提としたチャレンジを行い、社会実装を目指すというもの。チャレンジにかかる費用は企業が負担、基本的には市が予算を組んだり助成したりすることはなく、業務委託ではないため入札や契約も発生していません。市は、協働を円滑に進めるための地域内でのコーディネート役を果たしており、企業チャレンジにおいては、総務省の「地域活性化起業人」制度を活用し、民間企業からもコーディネーターを登用してきました。
連携協定を結ぶ企業にとっても、この「企業チャレンジ」は、市と企業、住民がビジョンを共有して一緒に事業に取り組むという稀有な共創体験の機会となり、得られた経験や知見が他のプロジェクトに活かされるという、小さく動き出す貴重な場となっています。
【事例2】岡山県西粟倉村:
民間事業者との連携による地域産業振興の推進
2004年、「平成の大合併」が全国で進む中、合併しないという選択をした当時人口約1,700人の岡山県西粟倉村では「自立して生き残る必要がある」と覚悟を決め、村全体の運営が大きく変わりました。村の面積の93%を占めている森林資源に着目し、「森林に囲まれた上質な田舎」を目指し、衰退している第一次産業にフォーカスして自治体としてチャレンジしていく「百年の森林(もり)構想」というビジョンを打ち出しました。
外部人材の活用として、雇用対策協議会(通称「村の人事部」)を設立し、村内の事業者や観光施設の人材採用を統一的に進め、民間ベンチャー企業を巻き込んだ林業の六次産業化や、起業家支援、移住促進にも注力。林業の再活性化、ローカルベンチャー育成から始まり、2022年には脱炭素先行地域として国に選定されるなど、スパイラルアップを起こしています。
小規模自治体という制約条件を逆手に取り、行政と民間がともにビジョンを掲げ、行政がコーディネーター役を担いながら、公的サービス機能を段階的に民間(ローカルベンチャー)主導の体制へと移行し、持続可能な地域づくりを実現しています。
【事例3】オランダ・アムステルダム:
企業と自治体の連携によるプラットフォーム・スマートシティ推進
地域資源の価値をさらに高めるため、資本力や技術力のある企業がこれまで積み上げられてきたものにフリーライドせず、地域にしっかりと新たな価値を生み出し、その価値を地域の中で循環させて大きな変化を起こしていくことが求められています。
その好事例がオランダ・アムステルダムです。同市は1994年のデジタルシティ構想を皮切りに、2009年からスマートシティを推進。アムステルダム・スマートシティ(Amsterdam Smart City、以下、ASC)プロジェクトは、同市のイノベーションを支援する公的機関「Amsterdamse Innovatie Motor」を設立し、民間企業との緊密な連携による共同プロジェクトとして始動しました。
ASCは初期段階ではEUの目標であった気候変動対策やエネルギー効率向上に焦点を当てていましたが、現在では、循環型都市、エネルギー、モビリティ、市民と生活、デジタルシティ、スマートシティアカデミーなど、取り組む重点分野が広がり、地域の様々な課題に対処し住みやすい都市の実現へと目標が変わってきています。ASCは、市民や企業のアイデアを活用した市の課題解決を支援しており、20を超えるプログラムパートナー(公共機関や企業)と8,000人を超える市民イノベーターが参加しています。
同市北部の再開発地区の1つ、2012年に始まった循環型都市プロジェクト「De Ceuvel」では、同地区の環境汚染の改善と土地利用の新たなモデルを公募し、プロジェクトリーダーとなった民間企業に10年間の土地リースと補助金を提供。リーダー企業は建築家や技術者、研究者を集め、廃棄物やエネルギーの再利用技術(太陽光発電、植物による土壌浄化など)を提案・実装していきました。元は造船所が集まった地区であり、そこに置いてあったボートハウスをオフィスにアップサイクルし、その場に入居したスタートアップ企業からの賃料で運営するという独自のビジネスモデルを導入。現在De Ceuvelに入居しているのは、クリーンエネルギー開発や、藻類からハンバーガーをつくる企業、アクアポニックスの活用をする企業など様々であり、この地区にオフィスを構えることが、企業価値の一つとなっています。また、De Ceuvelには国内外から視察団が多く訪れるため、サステナビリティを重視する人々、すなわち今後のビジネスパートナーになりえる人々の目に留まりやすくなるという仕組み、新たな価値を創り出しています。
アムステルダム市は、スマートシティ推進の開始段階からオンラインプラットフォーム・ASCを作り、行政主導ではなく、最初から市民・民間企業を巻き込み、そのアイデアで都市を再生し開発していく方法を推進してきました。ASCは自治体・企業・市民が自由に情報を共有し、課題解決のためのアイデアを交換できる共創の場として機能しています。このプラットフォームを通じて、リビングラボの形で多様なプロジェクトが生まれ、短期的な実証実験に留まらず、地域社会に根付いた継続的な取り組みが可能となっています。
新たな発想で地域共創を次のステージへ
これまで多くの企業が地域課題に向き合い、社会性と事業性を両立させるために実証実験を重ねてきました。しかし、課題が複雑化している昨今では、短期的な事業開発手法では本質的な課題解決には至りません。「実証実験」で終わらせないためには、行政・企業双方が既存のアプローチからの転換の必要性を前提として認識し、取り組むことが必要です。
そのためには、行政と企業はビジョンや目的を共有し、行政はその実現に向けて地域内の多様な資本を繋ぎ合わせるコーディネーター役として汗をかく必要があります。ご紹介した事例のように、すでに行政としての役割を転換してきている、或いは転換しようとしている自治体も現れています。
行政も変わろうとしているなか、民間企業も同様に、短期的な利益やサービス導入といった従来の枠組みから脱却し、事業開発ではなく研究開発の目線から、中長期的な時間軸で地域で起きている事象を深く観察し、共創のデザインを行うアプローチが必要ではないでしょうか。かつて余白の中からイノベーションが生まれたように、柔軟な発想と長期的視点を持つことが鍵であり、そしてこのような転換を進めるためには、企業内のルールや文化の再構築も求められます。次号では既存のルールからの転換に取り組む企業事例をご紹介します。
ETIC.では、1月27日~2月6日をソーシャルキャリアウィーク2025とし、社会課題解決に携わるNPO・ソーシャルベンチャーの実践者を招いたオンラインイベントを開催します。1月27日の第1回目は「自治体と民間セクター・市民の新しい共創のあり方」をテーマに、効果的な社会課題解決に向けたプロセス・役割分担や、ITの活用なども含め多様な観点からより良い社会を目指す共創の形を考えます。ご関心のある方はぜひご参加ください。
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