NPO法人ETIC.より、ETIC.企業共創メールマガジンをお送りします。
2016年以降、民間企業や地方自治体、ローカルベンチャー等、多様なセクターの共創を支援してきた私たちの視点から、新たな価値の創造や社会課題解決に向けた企業共創のヒントとなるような情報をお届けします。
■既存のルールからの転換に取り組む企業事例
前号では、複雑化する社会課題に取り組むため行政と企業の連携・共創が重要であり、そのために徐々に役割を転換している行政・自治体の事例をご紹介しました。行政・自治体は、民間企業をビジョンや目的を共有するパートナーと位置づけ、地域内の多様な資本(人的資本・社会関係資本・文化資本・自然資本等)を繋ぐコーディネーター的な役割へと転換しつつあります。山梨県の長崎知事は、社会課題を行政だけが担う時代ではなく、社会起業家やソーシャルビジネスとともに取り組んでいくべきだと、2024年に「WISE GOVERNMENT(Government With Initiative of Social Entrepreneur & Entrerprise)コンソーシアム」構想を掲げました。
私たちもこの構想に賛同し、3月10日より「未来のつくり方を、再発明しよう。」という趣旨のもと、オンラインシンポジウムを開催します。地域や社会の課題解決に向けた新たなアプローチや、行政と企業がどのように共創できるかについて議論が行われます。関心のある方は、ぜひご参加ください。
一方で、民間企業も短期的な利益や自社サービスの導入という視点を超えて、新たな社会システムをデザインする中長期的な共創型アプローチが求められます。そして、その前提に立ち、社内での位置づけや評価の考え方も連動していかなければ、実証実験の繰り返しにとどまり、短期的な枠組みで物事を考えざるを得ない構造に戻ってしまいます。本号では、中長期的な視点で地域や社会の課題を捉え、組織や意思決定プロセスそのものを変革しながら、長期的な社会課題解決に挑む事例を紹介します。企業が持続可能な成長を遂げるためになにが必要なのかを考えます。
■ルールをアップデートする
企業が社会的な責任を果たしながら成長していくために、ルールの変化が求められており、その中でも、特に金融機関や投資家が重視する情報開示の枠組みが急速に進化しています。近年では、有価証券報告書の開示項目の拡充(第2号参照)、人的資本の開示義務化、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)や自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)など、環境・社会課題に対応した新たな情報開示の動きが進んでいます。こうした動きは、企業経営の透明性向上と長期的価値の創出を目的としたものですが、新たな規制や枠組みはこれまでの企業活動を縛る可能性もあります。企業がこれらを単なる義務として受け止めるのではなく、新たな経営戦略として活用し、社会的価値を創出する機会として捉えることが重要です。
財務諸表に限らない見えない資本を活かし、さらにその価値を大きくしようと取り組んでいる企業もあります。ロート製薬は、東日本大震災を機に売上や財務諸表だけで会社を見るのではなく、社会全体の成長のためにやるべきアクションは何かを考え、パーパス経営を検討し従来の働き方や事業運営の枠組みを再構築しています。「どうやったら社員がより成長するか」を検討するワークグループを社内公募し、その結果2016年に健康経営(社員一人ひとりの身体の健康を基礎とし、個人と組織のWell-being向上を実現する経営)と複業解禁を発表しました。
2020年には、社会課題に向き合い、自身の想いとアイデアをもとに起業する社員の支援を行う社内プロジェクト「明日ニハ」が始動。会社の枠に捉われないマルチジョブな働き方を推進し、この制度を通じて承認されたプロジェクトは、一定の業務時間を活用できるほか、評価制度からも切り離され、自由な発想で取り組むことが可能になっています。社内クラウドファンディングにより出資額が決定(社員から獲得した応援ポイントに応じて、ロート製薬がマッチアップし活動資金として支援)されます。2024年時点、「明日ニハ」への提案者は累計46名、提案事業数33件、立ち上がった会社数は8社、社内事業化した提案1件となりました。社会課題と向き合い自分の使命を考えた起業を応援する仕組みは、社員全体で挑戦を応援する、共感・感謝の文化醸成に貢献しています。
■ルールの外に「出島」をつくる
既存のルールの枠を超え、新たな取り組みのために「出島」をつくるというアプローチを取る企業も増えています。
2016年に立ち上げられたJAL(日本航空)の社内ベンチャーチーム「W-PIT(Wakuwaku Platform Innovation Team)」は、「JALをベンチャーに」というミッションを掲げ、個人の潜在的意志(ワクワク)を起点に、異業種パートナーとの共創に取り組んでいます。社内横断プロジェクトとして立ち上がり18名でスタートしましたが、2024年6月時には214名となり、クラフトビール会社のヤッホーブルーイングをはじめ、スープストックトーキョー社やコクヨ社、ポケットマルシェ社など異業種との共創事業が次々に実現されています。JALマイレージバンク会員限定の日帰り旅「呑みにマイル」、サウナを目的に旅をする「サ旅」、一次産業の現場に都市部の大学生が飛び込み、現場のリアルを知り、共にリアルな課題解決に挑む「青空留学」など、航空業界の既存の枠組みにとらわれず、新しいビジネスを生み出す場となっています。「とにかくやりはじめること」そして、「やりつづけ」「やりきること」を大事な価値観としています。
こうした取り組みは、社員の創造性を引き出すだけでなく、組織としての柔軟性や持続可能性を高め、企業全体のイノベーションを促進する効果も期待されています。
■ルールを転換させる
産直アプリ「ポケットマルシェ」を運営する株式会社雨風太陽は、「インパクト財務諸表(社会的財務諸表)」という新たな概念を打ち出し、経済活動と社会貢献を融合させる試みに挑戦しています。
社内組織を再編し、インパクトを与える活動を専門に手掛ける部門と経済活動部門と分離させて考えることで、じっくりとソーシャルアセットの蓄積、最大化を目指しつつ、中長期的には経済的にもプラスのインパクトを与えることを目指しています。この中で、CEOの役割は「ソーシャルアセットを最大化させること」にあると明確に再定義した点も話題を呼びました。
2023年には金融庁からインパクト投資に対する基本的方針が公表され、現状の社会的インパクト創出と財務的インパクトという分断されがちな議論から、よりシームレスに議論され、そこに紐づくお金の流れも強化されていくと予測されます。先陣を切って事例を作る雨風太陽の「インパクト財務諸表」は、こうした柔軟な思考と社会的価値の定量化を組み合わせ、企業の未来像を示す新たな枠組みとして注目されています。
■自治体・企業がともにルールを見直し、共創の場を作る
今回の事例から見えてくるのは、複雑化する社会の中で企業が新しいイノベーションを生み出していくには、既存のルールを柔軟に捉え、アップデートして新しい視点を取り入れたり、或いはルールの外側に新しい枠組みを作ることが不可欠であるという点です。
そして、何よりも大切なことは、これらの改革の狙いは企業で働く一人ひとりの「個々の意志の解放」にある点です。
一昔前には、例えば「闇研(業務としては正式に認められていない「非公式の事業開発や研究開発」を「業務時間外」に行うこと)」と呼ばれるような余白がありました。自動車業界に大きなインパクトを与えた、スバルのヒット商品であるステレオカメラを核とした運転支援システム「アイサイト」。これも「闇研」から誕生したひとつの事例です。ステレオカメラの技術開発は1989年から始まりましたが、コスト面で一度は表舞台から去りました。しかし一部の技術者たちが「この技術は間違いない」と信じ、水面下で予算も十分ではないなか研究開発を続け、約20年越しに市場で成功を収めました。このように会社の資産である確かな技術と、ベースにある社員それぞれの想い、これらをを活かす長期的な視点での試行錯誤を続けたことが、社会に新しい価値をもたらす事業を生み出しました。
時代は変わり、コンプライアンス順守も厳しくなってきた中で、それでも「個々の意志の解放」をしていくためには、それを支える新たな創意工夫が企業経営にも求められています。
ETIC.では、「個を解放し、組織や社会をクリエイティブにする」というコンセプトに賛同いただいた企業の皆さま(前述のロート製薬やJAL、雨風太陽等)とともに、社会課題解決に挑む個人と企業による共創のための祭典「Beyondカンファレンス」を2022年より開催しています。今年は、兵庫県・淡路島を舞台に、4月25日26日の2日間行います。共創の新たな仕掛け方に関心のある方は、ぜひご参加ください。詳細は3月中旬に、andBeyondカンパニー公式WEBサイトにて公開いたします。
イベントのご案内
【3月10日、13日、18日開催】
WISEGOVERNMENTシンポジウム「「未来のつくりかたを、再発明しよう」- 行政も、起業家も、市民も、-
【4月25日、26日開催】
Beyondカンファレンス2025 (3月中旬Web公開予定)
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