コラム
コーディネーター的な生き方っておもしろいよ!――2026年、私が大切にしたい「手と手を取り合う」ための知恵
※こちらのコラムは、note ETIC.ソーシャルイノベーションセンターからの転載です

こんにちは。ETIC.ソーシャルイノベーション事業部の加勢です。
みなさん、いかがお過ごしでしょうか。
ここ数年、ソーシャルセクターの現場に身を置きながら、心の奥でずっとくすぶっている問いがあります。
「NPOやソーシャルビジネスは、これからどこへ向かうのだろう」
今日は、その問いの先に見えてきた一つの可能性 として「社会的連帯経済」という考え方について、書いてみたいと思います。少し長くなりますが、お付き合いいただけたら嬉しいです。
※記事の見出し画像は、筆者が、15年近く関わっている、人口2800人の北海道下川町
少しだけ、時計の針を戻します。
NPO法ができたのが1998年。そして2000年代の前半、「ソーシャルビジネス」「社会起業家」という言葉が、日本でも使われ始めました。ETIC.が「社会起業塾」をスタートしたのも、2002年のことです。社会課題をビジネスの手法で解決する。そんな新しい挑戦が、次々と生まれていった時代でした。
私たちもその真ん中で、たくさんの起業家の背中を押してきました。「事業型NPO」という言葉に象徴されるように、寄付や補助金だけに頼らず、自ら稼ぎ、自立して社会課題に挑む。それは確かに、大きな前進だったと思います。
ただ、いま振り返って思うのは、その挑戦が成り立っていた「土台」のことです。
当時、ソーシャルビジネスや社会起業の足元には、市民活動センターやNPOセンターのような、地域のボランタリーな活動の蓄積が、当たり前のように存在していました。事業として成り立たせる力(事業性)と、損得を超えて人が集まる市民活動。この二つが、お互いを補い合っていた。事業性は市民活動に持続性を与え、市民活動は事業に「何のためにやるのか」という魂を吹き込む。その補完関係の上に、私たちの仕事は成り立っていたのだと、いまは思います。
風向きが変わったな、と感じたのは、2019年ごろでした。
きっかけの一つが、「休眠預金」の活用が始まったことです。10年以上動きのない預金を、民間の公益活動に役立てる法律ができ、2019年から本格的な助成がスタートしました。年間で数十億円規模の資金が、社会課題の現場に流れ込むようになったのです。
これは画期的なことでした。その一方で、この制度には「社会的インパクト評価」という考え方がセットになっています。事前に達成すべき成果を決め、ロジックモデル(インプット→活動→アウトプット→アウトカム、と成果への道筋を図にしたもの)で整理し、その達成度を見える化する。国民の預金が原資だからこそ、きちんと成果を説明する責任がある、という理屈です。
筋は、通っています。けれど現場では、戸惑いも広がりました。NPOの活動の多くは、地域にじわじわと、長い時間をかけて変化をもたらすものだったり、そもそも数字では測りにくいものだったりするからです。休眠預金という波が来て、「NPOらしさ」が改めて問われているのではと感じています。
「成果」「革新性」「事業体であること」。それらが前面に出るほど、本来いちばん大切にしたかったはずの、市民の自発的な活動を後押しするという営みが、どこか後景に退いていく。私自身、その揺れのなかに、ずっといました。
だからこそETIC.でも、たとえばボランティアとの関係を“志を共にする仲間”という原点から問い直す取り組みを始めたりしています。「NPOはいつから組織になったのか」そんな問いと、いまも向き合い続けています。
事業性に振れすぎても、市民活動だけでも届かない。その間で揺れていたときに出会ったのが、「社会的連帯経済(Social and Solidarity Economy/SSE)」という言葉でした。
聞き慣れない方も多いと思います。ざっくり言えば、利益の最大化ではなく、社会的な目的と、人びとの参加・助け合い(連帯)を中心に据えた経済のあり方のこと。協同組合や共済、NPOなどが、その担い手に含まれます。
実はこれ、世界では大きな潮流になりつつあります。2022年には、国際労働機関(ILO)が、社会的連帯経済を初めて総会の議題として取り上げました。日本にも昔から「結い」と呼ばれる助け合いの文化が根づいていますし、お隣の韓国では、すでに2007年に「社会的企業育成法」が施行され、国の制度として社会的企業を育てています。
なかでも私が示唆を受けたのは、性格のまったく異なる二つの国の姿でした。
ひとつは、スペイン。バスク地方の町モンドラゴンには、60年以上の歴史をもつ労働者協同組合のグループがあります。働く人たち自身が出資し、経営にも関わる協同組合が100以上集まり、いまや10万人規模の雇用を生み、スペインでも有数の事業体に育ちました。利益の一部を必ず教育や次の事業に回し、経営が苦しいときも、人を切るのではなく、学び直してもらって別の部門へ移す。スペイン全体が25%もの失業に苦しんだ時期でさえ、ここでは大量解雇を避けられたと言われます。スペインは2011年には、ヨーロッパでも早い時期に「社会的経済法」を制定しました。連帯と経済が、長い時間をかけて根を張り、やがて制度にまでなったそんな例です。
もうひとつは、ギリシャ。2009年に表面化した財政危機で、ギリシャは一時「国家の破綻」までささやかれました。EUやIMFの支援と引き換えに、増税や年金の削減、公共サービスの大幅なカットといった厳しい緊縮を迫られ、医療や福祉のセーフティネットには、大きな穴が空きました。そのとき、その穴を埋めようと立ち上がったのが、ほかでもない市民たちでした。ボランティアの医師が支える診療所、食べものを分け合うネットワーク、国の仕組みが崩れたところに、人と人とが支え合う経済が、いわば「必要に迫られて」立ち上がっていったのです。
長い伝統として築かれたスペインと、危機の底から生まれたギリシャ。入り口はまるで違うけれど、どちらも「人びとの連帯を、暮らしを支える経済として形にしてきた」という点では、深く通じ合っています。
そして日本はいま、人口減少と地域社会の疲弊という、また別の形の「限界」に直面しています。スペインのように積み上げていく道も、ギリシャのように必要から立ち上げる道も、けっして他人事には思えません。
私がこの言葉に惹かれるのは、「連帯」に「経済」が加わっている、という一点です。
人と人とのつながりや協同を大切にする仕組みは、日本にもすでにあります。地域自主組織や、2022年に法律が施行された労働者協同組合など。けれど、そうした仕組みは、肝心の「経済」の循環がうまく組み込まれていないために、どうしても内輪の、閉じた仕組みになりがちだと、私は感じてきました。
社会的連帯経済が面白いのは、そこに経済の視点を、きちんと埋め込もうとするところです。たとえば、税収のあり方や、地域の中でお金としごとを循環させる「域内調達」。つながりを、ちゃんと持続する経済として回していく。市民活動の温かさと、事業の持続性。あの頃お互いを補い合っていた二つを、もう一度つなぎ直す回路が、ここにはあるように思うのです。
そして、その中核を担えるのは 、地域に根を張り、人と人とをつないできた、NPOのような存在なのではないか。私はそう考えています。NPOやソーシャルビジネスのその先は、案外ここにあるのかもしれないです。
もう一つ、最近強く感じている可能性があります。それは、これまであまり接点のなかった「研究者」と組んでいくことの可能性です。
私はいま、社会的企業のエコシステムを国際比較する大学の研究プロジェクトに、現場の立場で関わっています。一緒に動くなかで気づかされたのは、研究者の方々が、ものごとをとても大きな視野で、長い時間軸で捉えているということでした。
現場にいると、私たちはどうしても、目の前の活動や、自分たちの組織のことに視野が寄っていきます。それが悪いわけではありません。けれど、社会の仕組みそのものを変えていくには、現場の肌感覚だけでも、研究者の俯瞰だけでも足りない。その両方が同じテーブルについたときに、はじめて見えてくる景色があるはずです。
社会的連帯経済も、まさにそうです。韓国の「社会的企業育成法」のように、いつか日本でも「社会的連帯経済法」のような形で、社会の仕組みに踏み込んでいけるかどうか。それを構想するには、現場の実感と、研究の知見と、政策の視点を、どうつないでいくかが鍵になります。
「現場」と「研究」が手を組む。これもまた、これからのソーシャルセクターの、新しい可能性の一つだと感じています。
社会的連帯経済は、まだ日本では耳慣れない言葉です。私自身、答えを持っているわけではなく、毎日が手探りです。
それでも、「ビジネスで社会を変える」と走り出したあの頃から、20年あまり。成果を測り、事業体として自立することの大切さを学んできた私たちが、次に向き合うべきなのは、「つながりを、どう持続する経済にしていくか」という問いなのではないか。そんな予感がしています。
これからのNPO・ソーシャルビジネスの可能性として、「社会的連帯経済」を、みなさんと一緒に考えていけたら嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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