社員インタビュー
新たな参画スタッフから見たエティックって?それぞれの動機と展望クロストーク

「グローバル」という言葉が持つ、どこかキラキラした、あるいは自分たちとは遠い世界のような響き。しかし、その実態は語学力や海外経験といった「枝葉」のスキルではなく、もっと泥臭く、深い自己探求と他者への想像力という「幹」の部分にあるのかもしれません。
NPO法人ETIC.(以下、エティック)で、組織の「インテル化(国際化)」を推進する川島 菜穂さん。行政事業の荒波に揉まれた前職を経て、なぜ彼女はエティックを選び、今、日本と世界を繋ぐ「グローバルコーディネート」に何を見出しているのか。
エティックの山内幸治が彼女の歩みと視座の変遷を掘り下げました。
山内: 菜穂さんがエティックに合流して、もうすぐ6年になりますね。改めて、なぜエティックへ入社したのか、そこから聞かせてもらえますか?
川島: 最初に出会ったのは2016年、私が行政の国際交流事業を請け負う財団でコーディネーターをしていた時でした。エティックの加勢さんが参加者でいらして、肩書きに「エコシステムデベロップメントマネージャー」って書いてあったんです。「これは何なんだろう?」と強く印象に残ったのを覚えています。
山内: 当時はまだ行政の仕事をしていたんですよね。そこから転職を考えたきっかけは?
川島: 組織の大きな転換期にいたんです。4年務めたうち、実質的な経営者が急逝され、現場メンバーで経営ボードを組んで理事会と関わる時期が2年ほど続きました。 そこで直面したのは、構造的な「行き詰まり」でした。理事会からは行政事業を継続してほしいと言われる。でも、現場は行政予算に依存する経営に不安を感じている。良い提案をしても、予算を動かすには国会で承認されないといけない……。大きな構造の中に絡め取られて「何もできない」という無力感に襲われたとき、もっと1人ひとりの力が生きる社会づくりに加担したいと思ったんです。その時、真っ先に思い出したのがエティックでした。
山内: 他の選択肢は考えなかった?
川島: エティックしか応募しませんでした。当時は何をやっている組織か詳しく知らなかったんですけど(笑)。ただ、通常の採用窓口から応募すると「採用する人・される人」という縦の構造から抜けられないなと思って。だから、私のことを知っていて「一緒に仕事しよう」と言ってくれる団体だけを選ぼうと決めていました。加勢さんに相談したら「ちょうど求人あるよ」と言われて、面接を経て決まりました。
山内: 2020年4月、まさにコロナ禍の入社でしたね。しかも入ってみたら、今度はエティックの代表が辞めるという(笑)。
川島: 本当に「ギャグかな?」と思うような展開でした(笑)。でも、最終面接で宮城さん(※当時の代表)が言っていた言葉が支えになりました。「エティックはそれぞれが意志を持ってやりたいことを目指しているけれど、大きな流れとしては同じ方向に向かっていくような、そういう組織を目指している」と。それを聞いた時、「あ、この人たちはティール組織なんだ」と感じました。入社してみたら本当に自律分散の組織作りをしていて、私にとっては答え合わせができた感覚で、直感が正しかったと思えた瞬間でした。
山内: そもそも、なぜ国際協力や交流の領域に関わろうと思ったんですか?
川島: これはもう「生まれながらに」としか言いようがないと思っています。両親はドメスティックな人たちで海外経験もなかったのですが、私自身は小さい頃からとにかく異文化に興味がありました。小学生の時、お小遣いをもらえば、NHK『英語でしゃべらナイト』のテキストを買うぐらい英語が大好きで。
山内: もともと海外に住んでいたの?
川島: 全然、帰国子女ではないです。中3で市の派遣で初めてアメリカに行った時、強烈な視野の広がりを経験しました。その後「私は絶対に国際科のある高校に行く、そして留学する」と決め、実行しました。大学では「世界には複数言語ができる人がたくさんいる。英語をある程度知っているなら、もう1か国語やりなさい」という先生の言葉を受けて、ドイツへ留学しました。
山内: アメリカ、ドイツ、そしてその後はアジアですよね。
川島: 大学4年生で内閣府の「東南アジア青年の船」に乗りました。それまでは日本とアメリカ、日本とドイツという2国間の関係でしたが、アセアン10カ国+日本という多国籍環境は、会話が成り立っていないようで成り立っている、異様なダイナミズムがありました。また、戦後の外交の流れを汲むOB会の縦の繋がりも強く、国籍だけでなく世代をも超えた多様性の大渦を経験した20代前半が、私の大きな原体験になっています。
山内: 僕も大学時代にアイセック(AIESEC)にいたから、アジアの繋がりや縦の伝統の重みは分かります。でも、菜穂さんの場合はその積み重ねが本当に筋金入りですね。
川島: ただ、当時は「グローバル」や「国際交流」って掴みどころがないなとも思っていたんです。だから大学では「何か一つ極めよう」とオーケストラで楽器に打ち込んだ時期もありました。でも、楽器が全然上手くならなくて(笑)。「ここは私が一番になれる場所じゃない」と見切りをつけたとき、やっぱり自分が本当に好きなのは、この「わけのわからない多様性が渦巻く空間」なんだと確信して、今の道にシフトしました。
山内: 実際にエティックに入ってみて、菜穂さんの「国際交流」という眼鏡から見た時に、エティックの現場にあるユニークさとか、価値とか可能性はどう映りましたか?
川島: 「グローバル」に向き合う時って、そもそも主語が「自分」にならない。もっとこう「大きいもの」が主語になる感覚があります。歴史とか地球とか文明とか、ものすごく大きな営みの中にありながら、人々の小さな積み上げや日常をつくる行為がそうした大きなものに繋がっている、そんなふうにレイヤーを自在に行き来するのが、グローバルに生きるという感覚なんですよね。その中でもエティックは、起業家の成長や挑戦が形になるプロセスに対する解像度がとにかく高くて。小さな営みに価値を見いだして、それを粛々と積み上げ続けているこの「朴訥さ」が、グローバルから見るとめちゃめちゃ面白い。エティックの英語メルマガを執筆してくれてるプロボノライターさんも私も、この面白みに価値を感じて世界に発信したいよねと情熱を燃やしています。
山内: なるほど。
川島: また、グローバルな観点で日本に特別な価値を見出してくれている「日系アメリカ人」の方々とのつながりにも注目しています。昨年から米日財団との仕事を通じて出会った日系3世や5世の方々がいて、日本に住んだこともなければ日本語も話せない方々なのですが、「私は日本人だ」というアイデンティティと郷愁があるんですよね。
山内: 住んだことがなくても「日本人」であると。
川島: そうなんです。コスモ・フジヤマ・ガズナヴィさんという日系2世のコーディネーターの方は、「自分は日本に住んだことはないけれど、日本人だから日米のソーシャルリーダーたちをつなげたい」と、ものすごい情熱を持って協力してくれました。 こういうパワーって、論理的な説明はあまりなくて、「生まれながらに好き」という、否定できない何かに突き動かされているエネルギーだと思うんです。そしてこの「わけのわからない感覚」を受け入れ、それと繋がることこそが、本当の意味で世界と繋がることなんじゃないかと思うんです。
山内:それが世界と繋がるということ…。
川島:日系人の人たちに対しても、「え、苗字はイトウだけど、そんな5世って…日本人と言えるのか?」みたいに思うけど、でも彼らは自分たちのルーツの一部は日本にあるとものすごい強い繋がりを感じてくれているんです。説明できないけれどもこれほどパワフルな感情ってないなと思います。
山内: でも何か分かる気もするよね。アイデンティティみたいな話だよね。僕も本籍は福井に置いていて、何か大事にしたい感覚が自分の中にある。日本人って、そのアイデンティティについて語る機会が少ないですよね。
川島: そうなんです。移民マイノリティとしてアメリカ社会で切り開いてきた彼らのタフさは、今の日本人がマジョリティとして日本で暮らしているだけでは得られない学びがあると感じています。彼らとの交流は、ガラパゴス化しがちな日本に、大きな活力と視座を与えてくれると直感しています。
山内: 菜穂さんが今取り組んでいる「インテルチーム」の活動は、具体的にどんな手応えがありますか?
川島: 昨年、日米のソーシャルリーダーを集めたイベントを開催したのですが、そこでエティックで培ってきた「リーダー支援」と、前職で培ってきた「国際交流ノウハウ」を融合させた場がつくれたと感じています。今回の参加者のうち、80%が国際交流の機会に参加したことがないと回答しているほど、ソーシャルセクターにおけるグローバルな学びの機会は限られているのが現状です。
ソーシャルなことって究極的にはドメスティックで、それぞれの地域で縦に深く取り組むイシューだと思います。それは一見グローバルな横の広がりではないんですが、世界を見ると同じように縦に深くやっている人たちがたくさんいる。そういうふうに普段の延長なら出会わなかった人たちがつながった時、「あ、私たち世界の全く違う場所で活動しているのに、こんなに価値観が似ているんだ」という気づきはものすごいパワフルだなと感じています。
ただ、やはり言語の障壁があるので、全てのプログラムに通訳を入れて運営しました。その分ステークホルダーの種類が多くて現場運営は本当に大変なんですけど、今回はそこに「1-on-1」をプラスすることに挑戦したんです。エティックでやっている「関所」みたいなメンタリングですね(起業家がメンターのテーブルを周り決まった時間枠で相談をする連続ラウンド)
山内:それは凄いね。
川島: 5人のスピーカー全員にボランティアの通訳をつけて、35分間のメンタリングを全参加者に提供しました。「言葉の壁を超えたメンタリング」の場をどうしても作りたかった。結果として、参加者からは好評でした。
山内:なるほどね。ソーシャルなことってドメスティックだけど、どういう歴史背景の中でやってきたかとか、そういう中に自分を位置づけて捉えると、全然視座が変わったりするよね。それをさらに、世界の視座で捉え直してみた時に、また見えてくる可能性って絶対あるはずだよね。
川島: そう思います。
山内:単に英語を通訳するだけでなく、海外のロジックと日本の起業家の想いの間にある「ズレ」を埋めたりもするの?
川島: はい。そもそも、言語の通訳と関係性のコーディネートということ自体が、実はとても似た技術であると感じています。以前、 通訳学校で学んでいた頃、「話者を守ることも通訳者の仕事だ」と教わりました。会話のズレに気がついたら、そっと補足して直してあげる。エティックのコーディネーターが起業家に対してやることも、まさにそれですよね。相手が何を求めているのか、どんな背景でこの質問をしているのか。英国のキャリア教育視察をコーディネートした際にも、その「文脈」を理解しているからこそ、コミュニケーションを充実させ学びを最大化する工夫を、リアルな会話の通訳で取り組みました。専門性とも言えるかもしれませんが、グローバルコーディネーターとして特有のスキルなのではないかと思います。
山内: まさにエティックが国内でやってきたコーディネーションを、グローバルな文脈で、かつ言語の壁を超えてやっているわけだ。
山内: 今後、エティック全体を「インテル化」していくという目標を掲げていますが、具体的にスタッフにどう波及させていきたいですか?
川島: 2つの指針があります。ひとつは、エティックの管理部門と連携して、海外連携の際の専門性を高めていくことに取り組んでいます。海外財団等との連携機会も増えてきた今、翻訳ツール等を活用して一定対応できる手続き方法等については、必要情報ややり方を全社員がアクセスできる状態にすることが重要と考えています。
もう一つは、ネットワークや関係性を育む「外向き」のグローバルコーディネーターを増やしていくこと。先ほどの話のような、コミュニケーションの通訳と文脈のコーディネートができる「グローバルコーディネーター」が増えることで、リソースが入りやすい土壌を耕し広げていくことができると考えています。ただしここは語学や海外コミュニケーション等の経験と専門性が必要でもある(例えば海外ゲストがくるカンファレンスなら休憩はどのくらいが良いという粒度の感度から)。母数が少ないからこそソーシャルセクター全体でグローバルコーディネーターを共有人財としていくような連携が必要と考えています。
山内: 英語ができる・できないを超えた先にある、世界観の話ですね。それができる人とできない人は何が違うのか?
川島: 個人的には、「自分自身を変えていく力」かなと思っています。アメリカ留学時代、途中メンタルがものすごく厳しい時期がありました。親元を離れて違う家族と1年間暮らしながら、周りに日本語が話せる人も全くいない状況に耐えられなくなって、部屋に引きこもってしまった。でもそういう状況から這い上がり、他者と関わり続ける力って自分自身の中に見つける以外はないんですよね。
山内: なるほどね、意味付けの力というか。アイデンティティの話と一緒で、自己認知の話でもあり、同時に文脈の話でもある。そこを自覚しなくても生きやすいのが日本である一方で、起業家は当然そこを自覚していないと事業なんか作れないわけで。
今、エティック自体のありようを変えていこうみたいな話において、スタッフそれぞれがエコシステムの真ん中になっていく、というメッセージと通じる部分があるよね。だからその延長線上に行けば、言語的なハードルも下がってくるし、グローバルっていう線引きすら本当は意味が無い。
川島: そうなんです。グローバルの言語とか専門性は枝葉の話であって、幹はそっちの意味付けする力ですよね。17歳で留学してからずっと日記を書いていて、毎日ではないのですが、今も1週間何があったのか、棚卸しをしています。意味付けの行為を続けていることが、困難な状況に対して向き合う力をつけてくれていると感じます。
山内: 僕も日記付けてるよ。自分の感じてる喜怒哀楽を言語化するのは、ルーティンとしてやってるね。自分も昔、NPOの世界に踏み込んで周り見ると、凄い原体験を持っている人だらけで、同世代だと阪神・淡路大震災の時に動いた人たちが関西でNPOを立ち上げたような人たち。だから状況は違うけど、自分がなぜこれをやっているのかに対しての自己認知を高めていかないことにはやっていけないっていう危機感から書いていたんだよね。
川島: そうですね、私も、日記を書いていたのも、書かないとやっていけない状況だったというのが本当です。言葉も分かんなくて辛くて辛くて、省みるしか自分を保つ手段がなかった。だから一見マッチョだけど、実は自分は強くないからやっていた、みたいな話でもあるなと。
今日はありがとうございました。今日の対談は「グローバルな専門性とかスキルは結局枝葉だ」というのが自分のなかで言語化されたことがすごくよかったです。
山内:いや良かったです。それは嬉しい。そんなこんなしてたらあっという間に時間になってしまいました。今日はありがとうございました。
川島さんが語る「グローバル」は、決して華やかな成功物語ではありません。それは、言葉の通じない異空間で自分自身と向き合い、他者の文脈を必死に汲み取ろうとする、誠実でタフなプロセスそのものでした。
エティックが目指す「インテル化」とは、全スタッフが流暢な英語を話すことではなく、それぞれが自分の活動をより大きな「世界の文脈」に位置づけ、多様な他者としなやかに繋がっていく状態を指す。今回の対談は、その確かな一歩を感じさせるものとなりました。